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ダンカンさん妻の初美さんの人生 治療費に関する週刊誌の批判 金スマ9月5日

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9月5日の金スマではダンカンさん夫婦の人生が紹介されていました。2014年6月22日、ダンカンさんは26年間一緒に連れそってきた奥さんと別れを告げた。ママリン、パパリンとお互い呼び合う夫婦だったということでした。奥さんの初美さんは乳がんのため47歳という若さでこの世を去った。週刊誌から治療費の件で批判されていたそうです。

週刊誌による批判 初美さんの治療費

週刊誌では、初美さんの治療費をダンカンさが拒否したために、初美さんが介護の仕事をして稼がなくてはいけなかったというような内容が書かれていたそうです。

ダンカンさんは自身のブログで、そういった真実はなかったということも書いたそうです。また、番組でも妻が介護の仕事をした理由が赤裸々に語られていました。

ダンカンさん自身、妻と過ごす日常が生きがいだったということでした。

奥さんとの出会い

当時ダンカンさんはビートたけしのスポーツ大将という番組の構成作家を務めていた。その番組のアシスタントを決めるオーディションに能勢初美さんがいて、彼女に一目惚れしてしまったという。ここから交際がスタート。フライデー襲撃事件で逮捕などがあったが、平成2年に初美さんと結婚することになった。

結婚した後も初美さんは大変だったそうです。家に人を呼ぶことが大好きだったダンカンさんに、初美さんは文句ひとつ言わず世話をしたということでした。大勢の仲間達がダンカンさん宅によく集っていたそうです。

居酒屋の店主の奥さんに対する印象は凛とした人だということでした。初美さんは、子どもとダンカンさんのために生きてきた人だという。

ダンカンさんがすい臓を壊し緊急入院した時、1週間点滴のみだった。次の日、ナースセンターは騒がしくなっていた。1週間何も食べていないということで初美さんが豚汁を持ってきた。また、翌日には山ほどサンドイッチを持ってきた。そして担当医が食べる羽目になった。

喧嘩の花道という番組で奥さんもテレビに登場した事もあった。 初美さんが登場すると視聴率が上がったということでした。

初美さんが乳がんを打ち明ける

3人の子供たちと最愛の妻と一緒に過ごしていた 2005年のある日、初美さん38歳は、乳がんであることを打ち明けた。

この時、医者に両方の胸の全摘手術を勧められた。しかし、その時の決断で片方だけにした。そして、右胸のみを切除。3年後左胸にガンが再発。さらに肝臓にも転移していた。

体中に転移し始めたガン。つらい抗がん剤の治療。髪は全て抜けてしまった。 それでも、家事を毎日こなした。息子の野球の送迎もしっかりと行っていたという。

介護の仕事を始める

初美さんはガンに罹っているのに介護ヘルパーの資格を取り、介護の仕事を始めた。 これが残された時間でやりたかったことなのかもしれないということでした。

東日本大震災ではボランティア活動をしたという。2013年夏に異変が起こった。ガンが脳に転移してしまった。手足がいうことを効かなくなってしまった。

しかし、脳のガンだけは気力だけではどうしようもなかった。そうして、初美さんはガンのためこの世を去った。

今は初美さんがいない穴を家族で必死に埋めようと頑張っているということでした。